宇多田ヒカル、米国で涙ぐましい努力

宇歌姫、宇多田ヒカルが「Utada」名義で5月に発売したアルバム「This Is The One」が、米ビルボードのアルバムチャートで69位にランクインする快挙を成し遂げた。だが、その裏ではこんな屈辱も・・・

(以下引用)
日本人アーティストでビルボードで100位以内に入るのは、23年ぶりの快挙だとされる。
「しかし、現実には米国での宇多田に対する扱いはかなりひどかったようです」(音楽関係者)

宇多田は2004年10月に全米デビュー。「彼女は今までキャンペーンのため、ニューヨークなどを訪れているんですが、日本では絶対にあり得ない屈辱を受けたというんですよ」(前同)

米国在住の20代日本人女性が明かす。「宇多田さんは信じられないことに街の電器店の玄関スペースやスーパーの広場などで歌を披露することもあったんです」

こうした屈辱に耐え切れず、「彼女はある時、歌を数曲披露することが決まっていたのに、さすがに我慢できず1~2曲歌うと会場から立ち去ってしまったそうです」(前同)。
(引用moto :東スポ)

ビルボード100位入りの快挙の裏には、涙ぐましい努力があったよう。2004年の第1弾のときにコケているため、今回の挑戦はかなり勇気がいったと思うが、プロモ活動も積極的に行い、街頭での活動もこなしていたようだ。日本であれば、ちやほやされるだろうし、売れっ子の宇多田なら人もすぐに集まる。だが、あえて全米でチャレンジした彼女の根性に拍手である。
米国でテレビ出演したときの映像はこちら→ 【動画】宇多田が米国でテレビ生出演